→ betty302:井上馨的妻子不是藝伎出身 君尾後來和品川弥二郎一起... 07/26 17:07
→ betty302:外務大臣・影山と自由民権運動家・清原のモデル 07/26 19:50
→ betty302:はそれぞれ井上馨と後藤象二郎であること 07/26 19:50
→ betty302:明治十一年之後的事完全不熟(毆~) 怕會冷掉所以一直沒看 07/26 19:52
→ betty302:覺得還是幕末明治初期這個熱血又純潔的時代比較喜歡 07/26 19:53
→ betty302:島田左近被幹掉了 嫁給他就是為當間諜 後來和品川有一子 07/26 19:55
推 betty302:為什麼伊藤還是伊藤 井上就變成影山了XDDD~~ 07/28 12:13
因為影山的故事是虛構的吧^^
→ betty302:不過整個好華麗呀好華麗 夫人們好漂亮(滅~) 07/28 12:14
※ 編輯: staplesno10 來自: 218.167.40.226 (07/28 20:48)
http://www006.upp.so-net.ne.jp/e_meijiishin/jinbutsu/inouekaoru/inouekaoru.htm
http://kotobank.jp/word/%E4%BA%95%E4%B8%8A%E6%AD%A6%E5%AD%90
井上武子 嘉永3年(1850)3月~大正9年(1920)3月21日
井上馨の妻。上野国田島村に生れる。父は新田義貞の後裔新田俊純。外国判事中井弘と
結婚、明治2年(1869)離別。大蔵少輔井上馨と再婚。同9年欧州視察に同行し、11年
7月帰国。この間武子は外国の社交界のあり方を学んだ。ロンドンでは福澤諭吉の弟子
に英語を学び、さらに文学、ファッション、料理、編物、ミシン、ダンスなどに見識を
広めた。16年11月馨が建設の任にあたった鹿鳴館がコンドルの設計で落成した。1
7年から20年にかけて西洋式舞踏会、仮装会、慈善バザーが盛んに行われ、武子は外
務卿夫人としてその多くを主催し、留学時の体験を役立てた。71歳没。
台灣總督田健次郎日記
大正九年
三月二十二日
聽故井上馨侯夫人武子方逝去之訃,往而弔之,燒香禮拜而歸。
(田健次郎常常往返台日之間,這時候他在日本。)
※ 編輯: staplesno10 來自: 218.167.40.226 (07/28 22:47)
推 betty302:這個影山....覺得和山縣還比較像(默).... 08/24 13:13