2008.11.9 05:04
ひょうひょうとした語り口の久米が、珍しく声を詰まらせた。レギュラー番組の冒頭1
1分間、大先輩の死を悼んだ。
筑紫さんの訃報を知ったのは前夜の食事中。所属事務所のスタッフから伝えられた。
同時に報道各社向けのお悔やみコメントを求められたが、一晩では浮かんでこなかった
という。
「言うべき言葉がないというか、何を言っていいのか分からなかったんです」。同じ
早稲田大学出身で、ともにプロ野球の広島ファンだったが、TBSVsテレビ朝日のニ
ュース戦争では“ライバル”だった。久米が1985年10月から「ニュースステーシ
ョン」、筑紫さんが89年10月から「-NEWS23」のメーンキャスターを担当。
18年半にわたって、両局の顔として君臨しあった。
久米はこの日、2人の関係をサッカーのポジションに例えた。自身が攻撃的なトップ
下、筑紫さんが守備重視ながら攻撃にも参加するサイドバック。「筑紫さんが後ろで守
ってくれて、たまにオーバーラップしてボクのパスをゴールしてくれる感じ。ボクがか
なり乱暴なことを言っても、後でフォローしてくれる安心感があった」と、独特の表現
で説明した。
筑紫さんがテレビ朝日系「日曜夕刊!こちらデスク」でメディアに登場した78年に
、自らが司会を務め人気番組となったTBS系「ザ・ベストテン」も開始した。久米は
「日曜-」を欠かさず見ていたといい、「ニュースはこんな風な伝え方もあるんだなと
勉強していました。本当のジャーナリストでした」と振り返った。
最後に2人が共演したのが2005年、TBS系の衆院選の開票速報だった。「もう
一度、筑紫さんとできたらいいなと思っていた。中継ならやれるかもと聞いていたけど
、選挙のほうが遠くなっちゃった」としみじみ。久米が04年3月に「ニュース-」を
降板した際は、筑紫さんが直後の「-NEWS23」で惜別コメントをした。4年8カ
月のときをへて、逆に追悼の言葉を述べる立場になってしまった。
SANSPO.COM 芸能
http://www.sanspo.com/geino/news/081109/gnj0811090505018-n2.htm
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