ラー油の味と旅行者の匂い
「誤解を恐れずに言えば、ドラマを作るなんて、山から雪だるまを
突き落とすようなものだ。
坂を転がって、どんどん加速、木々をなぎ倒しながらみるみる大き
くなっていく。
雪の球には、人為的な企みや押し殺した感情が隠されている筈だが
、何かのきっかけと偶然が噛み合うと、そんなものをはるかに凌駕
する化学反応を起こす事がある。それがなによりも楽しみだ。
“起点”の脚本が一段落、“表現の自由”を持つスタッフも一斉に
動き出した。“顔”である出演者が固まれば、次作の雪だるまも転
がる。
「北の国から」の吉岡秀隆さんに会った。
まなじりがキリッとあがっている。不思議な眉だ。八時ニ十分 二
時十分前 二時四十五分、ときには、両方繋がって一本になったり
する。その下に烈しい雨脚を眺めるような清い目があった。
異端は、人の悪意に包まれた時代こそ光り輝く。親子三代にわたる
警察官人生の陰影を描く物語の二代目をやって貰う。“七0年安保
”が終息に向かうかにみえて、実際にはより過激な爆弾闘争に姿を
変えた時代の潜入捜査官が彼の役だ。
さすが敬愛する倉本聰さん、畏友・杉田成道の秘蔵っ子である。も
の言いや話の端に、どこかピリッとからいところがあった。
ギョーザにつけるラー油の辛さだ。これは貴重な味である。香辛料
のよく利いた俳優さんだと思った。
別れ際、ハッと気づく。彼の身辺に漂っている旅行者の匂いだ。気
持ちの半分がどこかに残っているような。もう少し引き留めて話せ
ばよかったのか。いずれにしろ、雪だるまは転がりだした。出演者
の雪質は上々だ。あとは僕の雪だるまとの伴走しだいか。(演出家)」
2008.6.18 日經夕刊
http://cgi.bookstudio.com/new5/user/pink1961.html