和賀(中居正広)がコンサートホールで『宿命』を奏でる中、蒲田西警察署で
は今西(渡辺謙)が和賀の壮絶な過去を語っていた。
大畑村に根深く続いていた差別、そしてダム建設をきっかけに始まった本浦家
の村八分。
30人の村人を殺し村ごと焼き払った千代吉(原田芳雄)は、秀夫(斎藤隆成
)を連れて逃亡生活を続け、亀嵩の地にたどり着く。そして彼らはそこで、警
官の三木謙一(赤井英和)と運命的な出会いを遂げる。
浮浪者のような親子が神社にいるという通報を受けた三木は、具合が悪く動け
ない状態になっていた千代吉を手厚く看病する。しかし彼の容態が大分回復し
て来たある日、三木は偽名を名乗っていた千代吉が大畑事件の犯人であること
を知る。三木は悩むが、千代吉に自首するよう説得したのだった。残された秀
夫の面倒は、必ず自分がみるからと…。
三木に説得された千代吉は、自首することを決意する。そして三木は秀夫のこ
とを考え、千代吉を亀嵩から離れた場所で自首させることを決める。
そして当日、千代吉は秀夫に「入院するかもしれないから、しばらく三木さん
の所で待っててくれ」と告げる。秀夫は何も言わずに千代吉と別れるが、何か
胸騒ぎを感じていた。
三木と出て行ってしまった千代吉。亀嵩の村に響く汽笛の音…。
秀夫はその日に入学した学校を飛び出し、千代吉を追って長い線路を走った。
そしてとうとう、列車に乗り込もうとする千代吉の姿を見つける。
「とうちゃーん!」
秀夫は全霊を込めて叫んだ。秀夫を見た千代吉は涙をこらえ、秀夫を抱きしめ
たい気持ちをぐっとこらえた。そんな千代吉に、秀夫は何度も何度も叫んだ。
千代吉は精一杯の気持ちを込めて秀夫に笑顔を見せると、列車に乗り込んだの
だった。秀夫の声は、亀嵩の地に悲しく響いた…。
本浦千代吉逮捕のニュースは、あっという間に日本中を駆け巡った。三木の努
力も虚しく噂は流れ、秀夫はその日から、殺人犯の息子として酷いいじめを受
ける。毎日毎日過激になって行くいじめ。三木は、秀夫の腕の傷を手当てしな
がら言った。「人には生まれた時から決められていて変えられない“宿命”が
ある。どんなに辛くても、決してその宿命から逃げるな」と。
しかし秀夫は、三木のもとから逃げた。どんなに頑張って生きても、自分が本
浦秀夫である以上、この宿命は変えられない。それなら自分のことを誰も知ら
ない土地で一から暮らしたい、と思った。そして長い旅の末、秀夫は長崎で保
護される。タケシと名乗って新しい生活を始めた秀夫は、その頃同じ年だった
和賀英良くんと出会ったのだった。ピアノが得意だった彼に、秀夫は両親以外
の人間に生まれて始めて心を開く。しかし、そんな秀夫にまたしても悪夢が襲
い掛かる。秀夫の住む地一体は、その年に起きた集中豪雨により土石流に飲み
込まれてしまったのだ。秀夫は、その地で生き残った唯一の人物だった。和賀
くんを泥の中から見つけた秀夫は彼を必死に呼び起こすが、既に命は無かった
。秀夫は悲しみの局地の中で、再び自分の生きる道を見つけ出す。そして、救
助隊に「和賀英良です」と名乗ったのだった…。
“秀夫の面倒は自分が必ず見る”と千代吉と約束していた三木は、彼を探し続
けていた。そして千代吉に、何通も何通も「秀夫がいなくなったのは自分の責
任だ。彼を必ず探し出し、生きている証をあなたに届けます」と手紙を書いて
いた。その三木の気持ちが、あの映画館の写真と彼を引き合わせたのかもしれ
ない。
しかし、三木の出現は秀夫にとって恐怖でしかなかった。ただ必死にあがき、
もがき苦しみ、最悪な結果を生み出してしまったのだ。
三木謙一殺害後、和賀は『宿命』を作曲している。一度は完成したと思われた
その宿命は、和賀が満足するものではなかった。なぜならその宿命には、彼の
本当の姿である“秀夫”がいなかったからだ。和賀は、封印していた自分の過
去ををえぐり出す覚悟で再び亀嵩の地を踏んだ。そして、秀夫を呼び起こすこ
とで『宿命』を完成させたのだった…。
しかし、今西は強くこう言った。どんな宿命があろうとも、どんな過去があろ
うとも、犯してしまった罪は償わなくてはならないと。そして、拍手と歓声に
包まれた和賀英良の舞台へと向かった。
ホール中に鳴り響く拍手の渦とブラボーコール。
和賀はその声でふと我に返った。そして、客席に向かって深く挨拶をした。
舞台の袖に控えていた今西と吉村(永井大)を見つけた和賀は、吸い込まれる
ように、静かに彼らのもとへ向かった。
アンコールがホールを包む中、和賀が再びステージに戻ることはなかった。そ
の様子で和賀が逮捕に向かったのだと悟ったあさみ(松雪泰子)は、楽屋口へ
と走る。
駆けてきたあさみを見た和賀は、彼女の気持ちを悟った。そしてあさみに、に
こりと笑いかけたのだった。そしてあさみも、目に涙をいっぱい溜めながら精
一杯の笑顔を返した…。
パトカーの中で和賀は、ピアニカを大事そうに手にしていた。そんな和賀を横
目に今西は、ある場所へと向かう。そこは、千代吉がいる昭島医療刑務所だっ
た。和賀は目を見開くが「あなたの背中は、ここに向かって弾いているように
見えた」と今西に言われ、中へと向かう。
千代吉と対面し秀夫に戻った和賀は、今まで閉ざしていた気持ちを一気に告白
した。
あなたが憎かった。
あなたの子供であることが嫌だった。
秀夫をこの世から無くしたかった。
だから…三木さんを殺してしまいました、と。
泣き崩れる秀夫に、千代吉は「秀夫、すまんかったな」と檻越しに手を出した。
秀夫はそんな千代吉の手を強く握り
「とうちゃーん!」
と叫んだ。
その声はあの時と同じように、悲しく刑務所に響いたのだった…。
- 宿命とは、この世に生まれて来たこと -
砂の器.最終楽章 完