■潜在意識に訴える作品
Q:ここのところ難しい役が続いていますが、その切り替えはどのようにされてい
るのでしょうか?
撮影は『フラガール』の後になりましたが、実は何年も前からこの作品のお話
はいただいていたんです。前作の『フラガール』の撮影からもだいぶ間が空い
ていましたし、役柄のタイプも違っていたのでわりとすんなりと役に入ってい
くことができました。
Q:この役を演じたいと思った理由を聞かせてください。
全体的に分かりやすい話ではないのですが、その緩やかに流れていく時間軸の
中で、“形にとらわれない愛の形”というものを表現できる、とてもやりがい
のある役だと感じました。あらかじめ正解が用意されていないので、観る人が
いろいろな視点でいろいろな見方をしてくださる映画だと思います。表面的な
感情を理解するというのではなく、もっと潜在意識に訴えるというか……。そ
ういう無意識の部分で起きる状況に反応していくと、人はどのように変化して
いくのかという部分も、観ていて共鳴できる作品だと思います。すごく深い話
ですし、今の時代に合っていると感じました。
Q:最初は感情を押し殺していた愛子が、少しずつ感情をあらわにしていくのです
が、その表現は難しくなかったのでしょうか?
愛子はガラスのように繊細(せんさい)な人で、わたしにもそれを表現する力
が求められていましたし、その役の精神的な部分を現場でキャッチするのは本
当に大変で、なんだか、かすみをつかむような感覚でしたね。ただ、監督もよ
くディスカッションをしてくださる方でしたので、すごくやりやすかったです。
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■劇的な人生の変換期
Q:今回は素晴らしい出会いが重なったということですね。
人生で劇的な変化を及ぼす相手に出会って、無条件にお互いの存在を受け入れ
合い、愛を感じられるときに人はすごく劇的な変化をすると思うんです。わた
し自身、実生活でそのような出会いもありましたので、人が変化するときって
本当に理屈ではないんだということを感じながら演じていました。思ってもみ
なかった出会いによって勝手に自分の魂や細胞が反応してしまい、感情が揺さ
ぶられたりするんですよね。そういうところをうまく表現できたらいいと思い
ました。ある出会いによって真実の愛に触れた女性の心が、氷解(ひょうかい
)していく様をイメージしました。
Q:愛子が良介と離れる選択をしますが、松雪さんならどうしますか?
恋人同士でも家族でも、形にとらわれがちだと思うんですよ。対象が近くにい
ると安心してしまうといのはあると思います。愛子はそれとは逆の選択をする
わけですから、そこはものすごく深い愛の領域なんだと思います。一番それが
集約されているのが「許してくれてありがとう」というセリフだと思います。
それでお互いが浄化されていくというか……。わたしが愛子の立場でも同じよ
うにしたかもしれませんね。彼女自身もあの瞬間に人生の出口を見つけて、そ
の後、一人で生きていったと思います。その一瞬の温もりだけでも人は生きて
いけるのではないでしょうか。
Q:彼女はまだ30代なので、先はかなり長いと思うのですが。
長いですよね!(笑) でも究極の愛の形というのは、やはり依存や所有や、
何か対象がなければ愛を傾けられないというのとは違う気がするんですね。す
ごく純粋に相手を思うときって深い部分でつながっているという感覚があれば
、それだけで離れていても大丈夫なんじゃないかと思います。
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■ほぼすっぴんで撮影できたのは、スタッフのおかげ
Q:今回嫉妬(しっと)深い夫役を演じられた寺島進さんとの共演はいかがでした
か?
彼はすごく面白くて愛情深い方で、いつも楽しませてくださいました。これま
で何度も映画で共演する機会はあったのですが、一緒のシーンが少なかったの
で、今度は寺島さんとしっかり組んでやってみたいですね。
Q:柄本佑さんとの共演はいかがでしたか?
一見すごく淡々としているのですが、本当に面白くて、ユーモアがあって、い
ろいろな感性が彼の中にはたくさん詰まっているという感じがしました。
Q:今回いつも以上に松雪さんがとてもきれいでしたが、ほぼ、すっぴんで撮影し
たと聞いて驚いたのですが。
それは照明さんやほかスタッフの皆さんのおかげです(笑)。沖縄に1か月いた
ので、どんどん日焼けをしてしまって、最後にはすっかり真っ黒になってしまい
ました。
Q:映像もとてもきれいで感動したのですが、沖縄という場所の魅力もかなり影響し
ているのでしょうか?
食堂から見る景色もとてもきれいだったし、梅雨の前だったということもあって
空気にも包み込むようなやわらかさがありました。いいシーンが撮れるときにふ
わりといい風が吹いてきたりして、自然に助けられた感じはすごくありますね。
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Q:愛子と良介の別れのシーンはパーッと光が射して、神々しくさえ思えて強く印
象に残っているのですが、松雪さんが印象に残っているシーンはありますか?
そうですね、わたしもあのシーンの抜けるような空と海の色は印象に残ってい
ます。あとは月の光りに照らされながら海に浮かんでいるシーンですね。愛子
はあのとき良介が自分ではない誰かの所に行っているのを感じていて、メンタ
ルなことも含めて、高ぶった感情を鎮めるシーンを入れたいと思い、「月の光
を浴びて海に浮かんで浄化したい」と監督に提案したんです。
Q:愛子という人物はとてもかたくなで複雑な面を持っているけれど、一方では女
神様のように美しく愛らしい女性のように感じたのですが。
とにかく母性愛を中心に演じたかったんです。今回は役のイメージをつかまえ
るのがすごく速くて、最初に脚本を読んだときにはすでにわたしの中で愛子の
イメージが出来上がっていました。監督は当初もっと強い女性を希望していた
のですが、わたしは繊細(せんさい)な愛子を演じたかったんです。生きる気
力もなく、残された時間を生きた屍(しかばね)のように、ただ生きるという
ことの苦しさを表現したいという思いがありました。
Q:最後にお気に入りのシーンを教えてください。
良介に本当は昔、愛子に誘拐された子どもだと告白されて涙を流すシーンです
ね。あそこはもともと「驚く」とか「驚がくする」とだけ台本に書かれていて
、泣くとは書いていなかったんです。それまでずっと抱えていたものが開放さ
れていくような感覚で涙が自然に流れてきました。そんなことはわたしにとっ
ても初めてのことでしたので、印象的なシーンになったと思います。
やはり松雪泰子は完ぺきなまでに美しかった。彼女が演じた愛子という、愛情に
あふれ、美しい心を隠し持つヒロインによって、さらに彼女自身の内面の美しさ
が引き出され、外見だけでなくより神々しい女神のような存在感を放っていたこ
とに感動を覚える。難役に挑み、ほぼノーメークで沖縄の太陽にも耐え、あらた
めて女優に開眼した彼女の今後の活躍に大いに期待したい。
取材・文: 平野敦子 写真: 田中紀子
http://movies.yahoo.co.jp/interview/200701/interview_20070115001.html