ある日、少年は、ひとりぼっちの子ぎつねに出会いました。待ち望んだ春の
陽射しを浴びて緑に輝く北海道の大地で──。母ぎつねの姿はどこにもなく
、子ぎつねは道端にうずくまったまま動こうとしません。少年は、そんな子
ぎつねを思わず抱き上げます。東京から引っ越してきたばかりの少年の名は
太一(深澤嵐)。カメラマンとして世界中を飛び回る母・律子(松雪泰子)
に置いていかれ、たった一人で北海道の森の動物診療所に預けられた自分に
、ひとりぼっちの子ぎつねの姿を重ねた太一は、思わず話しかけます。「お
前のお母さんも自由人か?」
妻を亡くして以来、太一が来るまでは中学生になる娘の美鈴(小林涼子)と
二人暮らしだった動物診療所の獣医・矢島(大沢たかお)は、律子の恋人で
した。矢島と結婚するつもりでいる律子が、ひと足先に8歳の太一を未来の
父親に委ねたのです。しかし、口が悪くて不器用な性格ゆえに人付き合いの
苦手な矢島は、太一にもどう接していいのか分かりません。美鈴もクールな
現代っ子で、3人はどこかギクシャクした毎日を送っていました。
そんな3人の“家族”に、突然太一が連れ帰った子ぎつねが加わりました。
「入院費、払えるのか?」太一にそんな憎まれ口をたたきながらも、今まで
も傷ついた野生動物を保護して治療してきた矢島は、子ぎつねの異変に気付
きます。矢島が目の前で手をひらひらさせても、音を立てても何の反応も示
さないのです。「まいったな……。まるでヘレン・ケラーだ」目と耳が不自
由らしい子ぎつねに心を痛める矢島の一言から、太一は子ぎつねに“ヘレン”
と名づけます。矢島の心配をよそに、その日から太一の“サリバン先生”と
しての活躍が始まりました。
獣医としてヘレンに何もしてやれない自分に心ひそかに苛立つ矢島の頭に、
“安楽死”という言葉がよぎります。ミルクを飲まないヘレンに、思わず「
死んだ方が幸せかもしれない」と口走ってしまった矢島を、「それでもお医
者さんですか!」と激しくなじる太一。ヘレンにとっての幸せはなんだろう?
太一の一番の幸せは、お母さんと一緒に暮らすことだったのです。ヘレンと
僕は似ているから、きっとヘレンもお母さんの元へ帰りたいはずだ──そん
な答えに達した太一は、矢島に相談をもちかけます。
「成長して体力がつけば、手術を受けられるかもしれない」矢島にそう言わ
れた太一は、まずはヘレンにミルクを飲ませることに挑戦します。匂いのわ
からないヘレンにとって、ミルクは毒かもしれない液体なのですが、決して
あきらめない太一の情熱が伝わったのか、ヘレンはミルクを飲み始めました
。さらに、ヘレンは太一の手から肉も食べ始めたのです。まるで太一の顔が
見えるかのように、太一の頬に鼻を寄せて、甘えたような表情を見せるヘレ
ン。もはやヘレンにとって太一こそが、温かく守ってくれる“お母さん”で
あり、楽しく語らう“親友”なのです。いつしか美鈴も、ヘレンの成長を喜
び、前向きな太一の姿をやさしく見守るようになっていました。
それから数日後、ついにヘレンの体重が増えたのです。ヘレンを育てる太一
の懸命な姿に心動かされた矢島は、彼の恩師である獣医大学の上原教授(藤
村俊二)を熱心に説得し、ヘレンに大学で精密検査を受けさせることにする
のですが……。