丹波哲郎さん大霊界へ旅立つ
映画「砂の器」やドラマ「Gメン75」などで知られる俳優丹波哲郎さん(たんば・
てつろう、本名丹波正三郎)が24日午後11時27分、肺炎のため東京・三鷹市の病
院で死去したことが分かった。84歳だった。国際派俳優の先駆けだったのと同時に、
陰のある役もこなせる名優でもあった。役柄や明るく豪快な人柄から、多くの芸能人に
「ボス」と慕われた、霊界研究に力を注ぎ「霊界の宣伝マン」としてバラエティー番組
などでも、幅広い世代に親しまれた。
丹波さんは今月上旬に、微熱が出ため入院した。安定していた容体が、死亡する2時
間前に急変。心臓マッサージなどを施したが、帰らぬ人となった。長男で俳優義隆(5
1)は「家族全員に囲まれて苦しまずに眠るように他界いたしました。誰にも迷惑を掛
けることなく丹波哲郎らしい最期となりました」とコメントした。遺作映画は写真出演
した「日本沈没」、ドラマは日本テレビ系の「高林鮎子シリーズ」だった。
25日夜、都内の自宅には、TBS系ドラマ「水戸黄門」で共演した里見浩太朗、原
田大二郎、京本政樹らが弔問に訪れた。丹波さんは97年に亡くなった妻貞子さんの部
屋で眠っている。大きな遺影に見守られ「奥さんと霊界で再会しているかも」と話す弔
問客もいた。妻を童謡「赤とんぼ」で葬送した後、丹波さんは「荒城の月」で送られた
いと希望していた。関係者は「Gメン’75」のテーマ曲を葬儀で使うことも検討して
いる。
最近は体調を崩しがちだった。昨年2月にはインフルエンザと肺炎を併発、虫垂炎も
患って一時は危険な状態になった。それでも「実はこの間、死んだんだよ」と臨死体験
を笑顔で語り、周囲を驚かせた。森田健作が製作した今年公開の映画「I am日本人
」にも出演予定で衣装合わせまでしたが、米国ロケもあったため、降板を申し入れたと
いう。
丹波さんは52年に新東宝に入社。資産家一家に育っただけに、物おじしない異例の
新人だった。同年、いきなり主演で「殺人容疑者」でデビュー。60年代は、米映画「
太陽にかける橋」への出演、「007は二度死ぬ」でショーン・コネリーと共演した。
日本人離れした体格と堂々とした演技で知名度を高めた。
その後「日本沈没」の総理大臣、「Gメン-」のボスなど、組織の重鎮、兄貴分とい
った役どころで異彩を放ち、多くの芸能人に「ボス」と慕われた。せりふについて言わ
れる不満にも「家庭に仕事を持ち込まない主義」と気にしなかった。陰のある存在から
、軽妙な役まで、幅広い演技ができる、日本映画、ドラマには欠かせない俳優だった。
出演映画は300作以上。豪快でおちゃめで、演技派。貴重な俳優がいなくなった。
(日刊スポーツ) - 9月26日10時3分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060926-00000040-nks-ent
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