明星がその名もトキメク「女優さん」だと結びついたのはこれまたいつの時だったろう
?
その名前、その風貌(貫禄という意味ね)、その声の通り方から「ただもの」じゃない
って事は
最初からわかってたけど、出来るひとってぇのは何やっても出来るもんだ・・・と教え
られたのも
彼女が初めてだった。
そんな彼女と彼らの行き違い・・・今、彼らから言わせれば「そんなの大した事ない!
」って一笑にふされるんだろうけど
少なくとも俺はあの日驚いたし、何かを失ったんだな、きっと。
二回目の全国ツアー?初めての広島。場所は300人弱も入ればぎゅうぎゅうのナミキ
ジャンクション。
有難いことに完売で、担当プロモーターである夢番地っていうイベンターの通称「ジャ
ケ」こと高波君と後ろの方で見ていた
俺は、「もっともっと~」(これすら最近氣志團を知った方はご存じないですかね?)
を「おやじがやっていない」という理由で
皆の前で綾さんに強制され&戒められた夜でございました。
初めての公演地の完売、名物のお好み焼屋の打ち上げもひとしきりの盛り上がり・・・
。
翌日は福岡公演、これまた完売だぁ・・そして散会&就寝のはず。しかし女優とアーテ
ィストの戦いはこの時間から始まってたんですね。
部屋に帰った明星さん。ふと外を何気に見てみると大通りの向こう側にある赤ちょうち
んに向かって楽しそうに走る男子数名。
よく目を凝らしてみればそこには先程まで時間を共にし、明日も福岡での公演を控える
妖精さん達の姿が・・・あったらしい・・。
(この当時の氣志團の移動は車です。よって体への負荷は今とは比べ物にはなりません
ね。)
でも、普通じゃん・・・って思います&思っちゃいます、くされ外道音楽業界にいると
。でも明星さんがいらっしゃったあの世界ではまま見られない風景だったのでしょう。
翌日、会議のため先に福岡入りしていた俺の携帯が鳴り・・・・「明星ですが本日付け
でマネジャーを辞めさせていただきます!」という歯切れの良い一言に
おやじは飛び上がるのでした(電話は広島から)。
訳を聞いてもいまいち抽象的で要領得ないまま彼らの車はいよいよ福岡に到着、会場入
りした彼らを追って俺も別途会場へ。
(この時点で先に述べた理由など知る由もないのです)
でも楽屋が変?明らかに変。マネジャーとアーティストが互いを無視して昨日までの状
況が嘘のよう。
でもギグは完璧!そして長浜の屋台での打ち上げスタート(どんな事があっても打ち上
げはやります!)。
それなりの場所(広さ)を押さえているのに両極に分かれて座る女優とチーム木更津。
せっかく良いスタートが切れたんじゃん?なんだよ?何が起こったんだよ?意味わから
ん・・って双方を行ったり来たり。
途中軽く星屑輝也にイラッとしながらも何とかならんかと右往左往。でも状況なかなか
変わらず・・。くっそぉ~!!
打ち明けます。クラブ(ねぇちゃん系ね)の予約をしてたんです、私。九州を担当する
イベンターの森田って奴と。
まさかこんな事が起こるとは思わないから三日前から楽しみにしていたんです!すげぇ
店だって聞いてて。
森田が右往左往する俺に忙しなく駆け寄り言うんです「河原田さん、もう閉まっちゃい
ますよ!」
「馬鹿!何とか開けとけ!それがイベンターだろ!ボケ!!カス!」と日本中のイベン
ターを敵に回すような事も言ってたんです、あの時。
良かったね!ほどなく仲直りした女優とチーム木更津はいつまでもカウンターで飲んで
ました。
どうであれ、これが私が目撃した最初の「契り」の場でした・・。
彼らはその後の成功の礎を築き、僕はあの夜何かを失ったんです・・・・・・・・・・
・・きっと。
追記)
その後も綾小路君以下(時に星屑君・・っていうか、あのやろう)にはえらいめにあい
ました。
彼らとは二度と福岡では飲みません。
次回。「山口登場!俺はこんな事をやるためにここに来たんじゃない!!」の巻。
河原田"紅麗"仁
2006-06-28 11:51