2003年の春、初のホールツアー初日・木更津市民会館のステージでそれは発表され
たんです。
「氣志團万博2003 木更津グローバル・コミュニケーション!!」と銘打たれたそ
れは、氣志團が
仕掛けた最初の大規模公演でもあります。
ご承知の通り、おおよその内容はDVDとして発売されているので表面的な事にはもう触
れません。
あの裏側に隠れたエピソードを・・・・ほんの少しだけ。
翔やんからは愛する地元への愛情、そしてその街の現状に対する悲観を出会ってからそ
れこそずっ~と
聞かされていたように思います。その愛の深さには正直軽い驚きを感じたくらいで。
何が出来るんだろう? 我々が出来るもっとも判りやすい貢献のありようが「ギグ」で
あることは
間違いないけれど、じゃ会場はどこだ? キャパのイメージは? 本当に木更津までそ
んなにたくさんのお客さんが来るか??
地図上にあったそれなりの広さを持った場所・・・海沿いの公園・市民球場(木更津キ
ャッツアイでも使っていたね)
市管理の遊休地…等々。だけどどこも「ギグ」をやるには解決すべき問題が大きすぎて
とても話が前に進みそうにない。この時点*においては誰もが実現可能なものとは思っ
ていなかったんじゃないかな(*2002年10月)。
話が進んだのは綾小路翔の父君・豪毅様のご尽力によるところが大きかったんです。
木更津エリア最大の企業体であり、地元にも強い影響力を持つ「新日鉄」さんが協力し
てくれることになったんですね。
早速ロケハンに行きました。がそこは・・・・。すご~く広い土地であることには違い
ないけど、例えばこういう風景を想像してみてください。
雨水とあふれ出した地下水でできた広大な池、高さ5メーターくらいの小山がそこらじ
ゅう。平らなところには赤さびた鉄骨の山が
延々と・・・・(当日来場された方でこの原風景(池や鉄骨)を覚えている人も多いの
では?
案内してくださった方に恐る恐る「あのぉ~、どこでコンサートが出来るイメージです
かね??」
おじさんは屈託の全くない笑顔で「池はいじれませんね。それから鉄骨の山も動かすの
は難しいですね。まぁ山をくずして
整地すれば結構広いと思いますよ!!」
これがアニメの中ならものすごいパンチをすかさずかますところでしたが、私も一応大
人の端くれ。
落ち着いた声で「お疲れ様でしたぁ~!」。
そのくらい判りやすい否定をしたくなる凄い風景だったんです。
でも実際に整地したんです、数ヶ月間ブルドーザーを何台も使って。さらに土地がぐち
ゃぐちゃでは駄目なんで
「天圧」と言いましたか、ローラーをずっとかけるんですね。
そこからさらに100人くらいで小石を拾い、三種まきと言ったかな・・、芝と雑草の
混じったものを植えつけていったんですね。
本当に今こう書いてみても凄いことをしてたんですね、あの時は。
だって会場を作っただもん。翌日以降、もう使われなくなるかもしれない場所に。
当日はご存知の通りです。あのGLAY様を彼ら自身デビュー後はやったことがないという
「前座」に使い(本当にありがとうございました。
今年もいかがですか?)、今のギグの原点とも言える「てんこ盛り」パフォーマンス。
最後はあの夏、雨で中止になった2週間前の花火大会の分までアツイ花火がいつまでも
夜空を焦がしておりました。
どこが「万博」なんだよ?と言われる方、正解です。どこが万博なんでしょう?
でもあの日、確かに木更津の様々なお店がパビリオンとして出展し、メインの「日本館
」らしきところでは「やっさいもっさい」という
郷土芸能を含む最高のアトラクションが行われ、みなで作った最高の祭り=万博が行わ
れたのです。
その日からまた三年が経ち、氣志團は10年という節目を迎えることとなりました。
今年の万博は・・・そんな木更津バージョンとはちょいと違います。でも精神的には何
も変わらない。
いつでも誰でも幸せにしたい・・・そればっかりを考えている6人の妖精たちがプロデ
ュースする氣志團万博2006。
さらに規模が大きく、さらに楽しい数々のパビリオン・出し物があなたたちをお待ちし
ております。
氣志團万博2006・・・・8/23(あれ?ちょっと早くなってる?)開園でござい
ます!詳細近々発表。
河原田"紅麗"仁
2006-07-05 04:04