課程名稱︰ 日文翻譯一
課程性質︰ 系必修
課程教師︰ 徐 興慶老師
開課學院: 文學院
開課系所︰ 日文系
考試日期(年月日)︰2010.11.23
考試時限(分鐘): 10:20 ~ 12:10 (110 min)
是否需發放獎勵金: 是
(如未明確表示,則不予發放)
試題 :
台灣大學99學年度第一學期「日文翻譯一」期中考試題
2010.11.23
命題教師 徐興慶
【請將下列各大題譯成中文】(共十題,各題十分)
1.日本人が中国人と書面を交わす場合、コンピューターだと手書き文字を避けること
の出来る利点は非常に大きい。簡体字˙繁体字と日本の新字体が同根でありつつ微妙に
違うため、日本人には正確に覚えることが容易ではない。また、形を正しく覚えても、
日本人と中国人では筆順など書き方が異なるので、出来上がりがかなり違って見えるの
だ。だから以前は中国人から届いた手紙が解読できないことも珍しくはなかった。
2.高度成長時代に固まった性別役割分業(男は仕事、女は家庭)が八十年代の男女雇
用機会均等法制定を機に崩れると、「家庭と仕事の両立」はまず女性だけに課せられた
。少子化が問題になり始めた九十年代初めには、出生率低下はこのことに抗議する女性
側の出産ボイコットだ、とする意見が多くあった。二十一世紀に入り、この女性たちの
異議申し立てが男性の働き方˙生き方を問い直すことにつながってきている。
3.ビジネスマンとしての能力はもとより、自らの人間性を高めるために、社員には業
務のかたわら様々な研修への参加やレポートの提出を求めている。その膨大な勉強量に
くじけて去っていた者も少なくないが、日頃からそんな若者を見るにつけ、私は、歯が
ゆくて仕方なかった。「お金や時間を自由についやせたら、彼らにとことんつきあって
やれるのに」と。
4.年功序列から自由競争へ-これまで経験したことのない激しい環境変化の中で、郁
文館学園の教師たちは、失いかけていた教育への志や熱意を急速に取り戻していった。
その影響は学校全体に波及し、緩んでいた規律を引き締めた。生徒たちが見違えるよう
に明るく、礼儀正しくなったのだ。あれほど汚れていた校舎が今はピカピカになり、毎
日六百人もいた遅刻者がゼロになった、教師たちの熱心な生活指導の賜物である。
5.「よい子」というのは、評価する主体が大人の側にある概念だ。しつけをしている
親が「しつけがうまくいっている」と信じている子供のことにほかならない。ここで社
会は、大人の期待に過剰に答えようとする子供たちの心が荒んでいくという現実に、も
っと向き合うべきなのだ。それは近い将来、「学力低下」よりも急を要する課題として
われわれを脅かすに違いない。…「性急な大人化」は人格の土台を不安定なものとし、
アイデンティティを追求し始める思春期になって破綻をきたしてしまう。
6.現代版の「行き届いたしつけ」は、巧妙にカモフラージュされた「支配-従属」関
係なのである。虐待がいかにも問題なコントロールの手段であるのに対し、こちらは外
見上、問題ないように映る。家庭はしばしば社会的、経済的に周囲の人たちが羨むほど
の生活水準を維持し、子ども自身もよい子をやらされていることには気づけない。よい
子のペルソナをつけてしまうと、本来の子供らしさは「いけないもの」として心の深み
に押し込まれ、こうしてこころは二重構造を成していく。
7.結婚式のようにめでたい席で、口にしてはならない言葉があります。このような言
葉を「忌み言葉」と呼びます。昔から、言葉には不思議な力があり、ある言葉を発する
とその言葉通りのことが起こると信じられていました。そのため結婚式では、「去る、
戻る、切れる、破れる、追う、別れる、返す」などの離婚を連想する言葉は禁句とされ
ています。しかし、次のように「えっ、これもダメなの!」とびっくりするような言葉
もありますから、スピーチを頼まれたときに注意は必要です。
8.成人式は、大人として正式に認めてもらうために行われる儀式のこと。地域や階層
、歴史によって様々な種類があり、貴族や武家で行われた「元服」もその一つです。現
在は、満二十歳になった時点で自動的に成人扱いされますが、江戸時代以前には、十三
~十八歳で成人式を行うことによって成人として認められるのが一般的でした。一方、
女子の成人式は「鉄漿(鉄をお茶や酢に浸して酸化させた鉄漿)付けの儀」とされてい
ました。これは、はじめでお歯黒(歯を黒く染めること)をつける儀式です。
9.このごろ、日本語が乱れている、敬語が目茶苦茶だ、外来語のカタカナが多すぎる
、若者の変な造語がさっぱり分からない、日本語はこの先どうなるんだと、よく話題に
なる。確かにそういう気がしないでもない。だが、本当にそうだろうか。ここで、正し
い言葉とは一体なんだろうと、もう一度考えてみる必要がある。もし正しい言葉という
ものが、一つだけはっきり定まっているのであれば、確かに、みんながそれだけを使え
ば要は足りることになる。
10.では、日本人が特に大切にする「ありがとう」という言葉には、どんな深い思い
入れがあるのか考えてみよう。私たちが「ありがとう」と言うのは、他人に感謝する時
ばかりとは限らない。例えば初日の出を拝んだとき、思わず「ありがとうございます」
と口をつくような心情が伴っている。日本語の「ありがとう」は、感謝の念を伝える機
能を果たしているだけではない。そこで辞書を引いて調べると、「有難し」というのが
ある。この世に滅多にないほど素晴らしいものというのが語源なのだ。
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