<日本シリーズ:西武7-2中日>◇第7戦◇25日◇ナゴヤドーム
故障に泣いた男が、最後に笑った。シーズン1勝に終わった右腕が、MVPに輝いた
。西武石井貴投手(33)が第1戦に続く好投で2勝目をマーク。チームを12年ぶり
の日本一に導いた。前半の大量リードにも気を緩めず、6回を3安打無失点。第1戦と
合わせ13イニング無失点の完ぺきなピッチングを披露した。前日第6戦の松坂の好投
に刺激を受け「あの男気に便乗した」。肩痛からはい上がった苦労人が、大輪の花を咲
かせた。
お立ち台に足をかけると、左足のすねがうずいた。2回に谷繁の打球が左足を直撃。
冷却スプレーで応急処置を施しマウンドに戻ったが、試合後に「相当痛いよ、無理だよ
」と言うほど、本当は痛かった。それほどの激痛も忘れるほど、試合中は集中した。2
試合、13回を投げ中日打線に1点も与えなかった。シリーズMVPを受賞し、石井貴
はようやく現実に引き戻された。
公式戦わずか1勝の投手が、シリーズで2勝をマークした。シリーズの勝ち星が、シ
ーズンを上回るのは史上初だ。「まさかね、こんな賞をいただけるとは。この2年間、
肩が痛くて、我慢した結果、いい仕事ができた」。本音だった。
芸術的な投球だった。前夜の松坂の好投を受け「大輔のおとこ気に便乗した」という
。だがその松坂が変化球主体の投球に活路を見いだしたのとは対照的に、直球を多投し
た。4回無死二塁のピンチでは、制球力を生かし、内外角をフルに活用してしのいだ。
2番井端の初球、外角低めにボールのスライダーで入った。2球目は内角に141キロ
のシュートをズバリ。続いて内角高め、外角低めの直球でストライクを取る。カウント
2-2。焦点を絞らせない。勝負球は外角低め、138キロのスライダーだ。井端に1
球もバットを振らせず、見逃し三振を奪った。
復活を期したシーズンだった。昨年5月に右肩を痛め、昨季は1勝2敗。シーズンオ
フはなかった。11月、無人の西武第2球場を黙々と走り続ける石井貴の姿を、多くの
関係者が目撃していた。年明けには熊本で山ごもりにも挑戦した。
右肩に負担のかからない投球フォームにも挑戦した。アドバイスを求めたのは、投手
コーチや選手ではなく、用具係の熊沢当緒琉氏だった。外野手だった熊沢氏は98年に
現役を引退。将来の指導者を目指し、球団に残っていた。その熊沢氏と野球談議をして
いる時、ヒントを得た。専門家でなくても、身になる話には素直に耳を傾けた。そんな
石井貴の姿勢が、最終決戦での制球力を生んでいた。
後ろポケットには25年前に他界した、父秀さん(享年42)の数珠を忍ばせていた
。小学生だっただけに「会話した記憶はない」と言う。そんな石井貴にも、今では3才
の愛娘、百合花ちゃんがいる。「彼女もオレが何をやってるか分からないだろうけど…
」。そう笑う「石井貴」の3文字は、シリーズ史の記録と記憶に確実に刻まれた。【中
村泰三】
〔2004/10/26/09:10 紙面から〕