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ポストシーズン15戦制し 伊東西武が日本一 【西7-2中】レオの舞いだ。西武が148試合目に有終の美を飾った。3勝3敗で迎 えたシリーズ第7戦。西武は3回、カブレラの左中間3号2ランなど打者10人で5点を 奪い、先発の石井貴も気迫で6回無失点に抑えた。8回にはエース松坂も投入。133 試合のレギュラーシーズン2位からプレーオフ、シリーズの15試合を戦い抜き、12年ぶ り12度目の日本一をつかんだ。伊東監督は史上7人目の新人監督日本一、MVPには2 勝を挙げた石井貴が選ばれた。  無邪気にはしゃぐナインがまぶしい。伊東監督の目が潤んだ。三塁側ベンチから力強 く、ゆっくりと歩を進める。148試合を戦い抜いての栄冠だ。1度、2度…。両手を めいっぱいに広げながら5度宙に舞った。  「なんかウソみたい。信じられない気持ちです。プレーオフからすべて消化して全試 合をクリアした選手たちは一戦一戦力をつけてくれたと思います。みんなに感謝したい です。勝ったぞーっ!」  優勝インタビューの声は、興奮で上ずっていた。第7戦までもつれたシリーズを制し て、たどり着いた12年ぶりの日本一だ。中日・落合監督との1年生監督同士の対決。現 役時代、シリーズでは88年に顔を合わせた。第5戦でサヨナラ打を放って優勝を決めた 指揮官は「最後まで分からない戦いになる」。戦前の予想通りに展開し、「レオの頭脳 」が再び「打撃の職人」を下した。  シーズンは2位だった。だが、今季からパ・リーグで導入されたプレーオフで日本ハ ム、ダイエーを撃破。シリーズを含めた計15試合の負けられない戦いの中で、選手の力 ははぐくまれた。  「リーグ優勝とは違う喜びがあるので選手に味わってもらいたい」  第1戦から頑固な“肥後もっこす”は勝負にこだわった。誤審をめぐって49分間の中 断の際には、ベンチ裏で球団首脳に「退場してもいいです」とまで言い切った。2勝3 敗と追い込まれた第6戦の前日は移動休みに当てた。第5戦では和田の緩慢なプレーが 致命傷となって王手を許したが、シーズンと同じ普段着野球を貫いた。  カバンの中には常に1冊の本を忍ばせていた。86年に新人監督として日本一を遂げた 森元監督の著書「監督の条件決断の法則」だ。春季キャンプ中には読み終えた。  「そのときはまだ実戦でやってないからピンとこなかった。でも実戦をやるうちに“ そう言えばあそこにこういうことが書いてあったな”と分かるようになってきた」  マスクをかぶって8度の日本一を経験した男も監督としては新人。かつて常勝軍団を 築いた恩師の教えは、1年生監督を何度も救った。第2戦での松坂起用は、広岡達朗元 監督の「第2戦必勝主義」に基づくものでもあった。  「これからは選手のことだけを考えるから家族の時間が少なくなるかもしれない」  シーズンの開幕直前。都内の自宅で加代子夫人(40)に、そう告げた。球宴期間中の 7月13日。和田、松坂が参加したアテネ五輪日本代表の壮行試合(キューバ戦)を見る ため、家族全員で東京ドームを訪れた。プロ生活23年目で、初めてプライベートの時間 を割いて観戦するほど、選手へ情熱を注いだ。  激動の1年だった。オリックス、近鉄の合併問題に端を発した再編問題。史上初のス トライキも決行された。リーグ優勝直後の13日には堤オーナーが辞任の意向を表明。シ リーズ期間中も、明大・一場に対する「裏金問題」で球界は揺れた。  「お客さんが見て面白いと言ってもらえるような試合をしたい」  プロとして野球の素晴らしさを追求した1年。日本一を手にした42歳の青年監督は真 っすぐに、未来を見つめた。黄金時代の復活へ。この栄冠はまだ序章にすぎない。