作者medama ( )
看板NIHONGO
標題Re: [語彙] 促音問題
時間Mon Dec 21 22:49:56 2015
※ 引述《wen750711 (認真の魔人)》之銘言:
: 促音用小つ表示這大家都知道
: 但為什麼是用つ呢?
: 有來源嗎?
: 我有想過如果用其他字去表示
: 唯一想到的是比劃太多
: つ就一下筆轉半圓就好了
: 其他的就還要提筆再下筆
: 或是要轉很多圈
: 那為什麼不用し呢?
查了一下 這篇寫得很詳細
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1318060198
轉錄全文供您參考
azulthrさん2008/7/2822:38:54
なぜ促音表記に「つ」という文字が使われるようになったのでしょうか
促音は実際には発音はせず、直後の音を発音するのに待つ1拍ですよね?
それだったら、別に「つ」でなくてもよさそうなものですが。
がっこう:Gakkooだったら「く」でも、
とっさに;Tossa niだったら「す」でも
良さそうなのに、なぜ「つ」に落ち着いたのか不思議です。
入声音と関係があるのでしょうか?
ベストアンサーに選ばれた回答
akitsendさん 2008/7/2901:00:11
お察しの通り、入声音と関係があります。
古くは日本語には撥音と促音がなく、今よりも厳密な
開音節言語(母音だけで終わる言語)だったと考えられています。
そのような完全な開音節言語だった日本語に、奈良時代頃から
漢語が盛んに入ってくるようになりました。
初めの頃は現在の英語のような文明的外来語として学ばれ、
子音終わりの漢字も、そのまま子音終わりで発音されていました。
しかし、奈良時代にも既に、一般庶民の間に広がって日本語化した
漢語があり、そのような漢語では、子音終わりの場合に母音を付けて
日本語化した発音が行われました。例えば「菊」は「kik」ではなく
「kiku」として発音され、和語のように扱われるようになりました。
平安時代になると、漢語がますます一般化して、
庶民の間にも多数用いられるようになってくるとともに、
日本語の音韻にも変化が起こり、撥音と促音が日本語の音韻として
確立してきます。そして、表記には様々な混乱が見られました。
現在では「撥音便」と呼ばれている音便には、登場初期は2種類ありました。
バ行、マ行から変化した「m音便」と、それ以外から変化した「n音便」です。
音便が誕生した平安時代から鎌倉時代までは、これらは区別されていました。
例えば「死にて」→「死んで」は「sinde」、
「飛びて」→「飛んで」は「tomde」という具合です。
またこの頃は、「三」は「sam」で「山」は「san」というように、
mで終わる漢字とnで終わる漢字が区別されていました。
また、当初は撥音と促音の区別がはっきりしておらず、どちらも
「母音を含まない特殊な音節」ということで共通の性質を持っていました。
これらがしっかり分化するのも鎌倉時代ごろからです。
m音便は最も早い時期は無表記で、そのうち「む」で書かれるようになりました。
「飛んで」は「飛むで」と書かれたのです。n音便も当初は無表記で、「なめり」が
「なんめり」と発音されたことは有名です。
やがて「む」とも書かれるようにもなりました。
促音も当初は無表記で、「取って」がしばしば「とて」と書かれるなどしていました。
平安時代初期頃から、促音を「む」と書く例も散見されますが、11世紀初頭までは
無表記が原則です。11世紀には促音の「む」が多くなるとともに、
11世紀中頃から、「ん」が出現し、撥音と促音の両方に用いられるようになります。
例えば「欲す」を「ほんす」とも書きました。
12世紀になると、m音便とn音便が合流し、m終わりの漢字と
n終わりの漢字も区別されなくなって、現在のような撥音が成立します。
こうして、所謂撥音が「ん」で表記されるようになりましたが、まだ促音も「ん」で
表記されることがありました。しかし、平安時代から稀に「つ」で表記される例が
見られるようになり、鎌倉時代中期以降に一般化します。
なぜこの時代に「つ」表記が出現し一般化したかという答えは、
入声の漢字の開音節化の時期にあります。
「k」「p」終わりの漢字は早くに開音節化し、「キ」「ク」「フ」終わりになりました
。
ところが、「t」で終わる漢字だけは、室町時代末期になっても、
未だに母音を付けない形が並存していたのです。
室町時代には「連声」という現象が頻繁に見られますが、
これは当時子音終わりだった「ん」(n)と「つ」(t)の直後の音節が
影響を受ける現象で、
「人間は」が「ニンゲンナ」、「今日は」が「コンニッタ」のようになりました。
また、16世紀末にはキリスト教宣教師によって日本語がローマ字表記されましたが、
そこでも「仏滅」が「butmet」、「大切」が「taixet」、「時節」が「jixet」、
退屈が「taicut」などと書かれ、子音終わりだったことは明らかです。
「Bat. Bachi (罰)に同じ」という辞書の記述もあります。
促音が「つ」で表記されることになったのは、鎌倉時代中期から室町時代まで、
「-k」「-p」が先に開音節化してしまい、
「-t」が促音に似た響きの入声として残っていたからです。
当時は促音の小書きはありませんが、「今日」「仏滅」「大切」「時節」「退屈」は、
「こんにっ」「ぶっめっ」「たいしぇっ」「じしぇっ」「たいくっ」とも
書けるような発音でした。また、tの直後に子音が続けば、
一切(itsai)や一体(ittai)、一回(itkai)のように、
そのまま「いっさい」「いったい」「いっかい」にも聞こえる発音になります。
そしてこれは起源としては明らかにタ行の「t」であり、
母音が付いた「つ」(-tu、-tsu)の形とも並存していました。
従って、この発音が「く」でも「す」でもなく「つ」と書かれるのは自然でした。
もしkとpとtの開音節化の時期が同じだったら、
促音の表記はもっと混乱していたでしょう。
鎌倉時代中期から室町時代にかけて、tだけが子音終わりで残っていたからこそ、
促音の表記は「く」でも「す」でも「ふ」でもなく「つ」に決まり、
それが定着したのです。
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