庵原家は今川家臣の名門。朝昌の代に武田信玄に仕えるが、武田家滅亡後は戸田勝隆に
仕える。やがて津田信成の仲立ちで1千5百石で井伊直政に仕えるが直政と喧嘩して出
奔し、当時1千石で佐々成政に仕えていた水野勝成に2百石で仕える。時期は不明だが
後に勝成の計らいで井伊家に帰参。家老となる。大坂冬の陣で武者奉行を務め戦功を立
てる。夏の陣では井伊家左先鋒の一人となり若江の戦いで、冬の陣で負傷した藩の筆頭
家老・木俣守安の代わりに兵を指揮。木村重成を破り、彼を十文字槍で一騎打ちの末に
田圃(たんぼ)に倒す。郎党がすかさず首を取ったが、そこへ来た「本日まだ手柄を立
てていない」と名乗る安藤重勝(直次の甥)という少年が手柄(首)を譲って欲しいと
願い出るや心がけに感心して、これから全軍の指揮を執らねばならないことを理由に手
柄を譲るという逸話が残っている。おかげで少年は5百石の加増を得たという。朝昌も
4千石の身代となった。寛永17年(1640)死去。
真是今川及武田武士之光阿
不過都已經把首級讓出來了
還是獲得4000石
甚至還活的比索取首級的人更長久
安藤重勝 (あんどうしげかつ) 生没年:1597~1623年
※ 引述《ZEROMS08 (河童)》之銘言:
: ※ 引述《ptt9999 (ptt999)》之銘言:
: : 有沒有人估計過取得一個中級武士的首級
: : 能拿到多少石的俸祿
: : 在乾坤之夢裡似乎有些人拿下一顆首級
: : 就被封了幾千石
: : 而戰國鬼才
: : 古田重然調略一個城池只加封200石
: : 感覺差太大了
: 主角是井伊家右翼侍大將庵原助右衛門朝昌(58)
: 發生在大阪夏の陣若江の戦い 一個好人武士的讓頭故事
: 話說呢 這位仁兄在一騎打中討取豐臣方大將木村重成(23)後
: 有位叫安藤長三郎重勝的馬迴眾 跑過來對他說:
: 「拙者、本日まだ手柄を立てておりませぬ。その手柄、譲っていただけませぬか?」
: (我今天沒有立下任何功勞 可不可以把這功讓給我?)
: 聽到這話 朝昌身旁的家臣 全都變了臉色 但是助右衛門卻手一揮說道:
: 「わしは今さら、首一つ程度を手柄とは言わん。おまえさん、持って行け。」
: (還以為你要說什麼 只不過是一顆頭的功勞而已 你要就拿去吧)
: 長三郎拿著重成的頭 興高采烈的要離開的時候 助右衛門又說:
: 「待て待て、あわてるな!それだけでは誰の首か分からん、これを証拠にせい。」
: (等一下 等一下 你這樣子會讓人不知道是誰的頭 要有能指出他身份的證據)
: 於是好人武士助右衛門用重成的陣羽織把頭重新包好 還附上重成的刀 讓長三郎拿走
: 之後 長三郎被家康稱讚後 助右衛門家臣是超不爽的 但助右衛門一點都不在意的說道:
: 「わしの武功は、殿が良く存じておるわい。これ以上、何を求める?」
: (這個武功 讓殿下很開心 這樣子還有什麼好要求的呢?)
: 之後............................
: 撿頭白目長三郎對只被加封500石的事 跑去找他叔父安藤直次告狀
: 反被他痛罵+痛揍一頓後 踢回井伊家的事 就是另一段故事了
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